神社(八坂神社)

 1. 1 初詣
12.31 初詣
12.30 清掃
11.25 新穀感謝祭
10.9 御九日
9.29 氏子総代会議
9.16 氏子総代会議
7.25 金井南町夏の祭典
7.24 金井南町夏の祭典
7.21 八坂神社夏祭り
7.00 氏子総代会議
6.10 氏子総代会議
4.10 春祭り
4.10 氏子総代会議
3.31 氏子総代顔合わせ
八坂神社の紹介
八坂神社 金井神輿保存会

金井南町氏子総代

 神社氏子総代は自治会より選出されるのがこの地区・金井では多いいが、金井南町では旧来より住んでいる家(氏子)で持ち回りで選出している。  今年(2019年3月)にお話があったので、金井南町氏子総代を私が引き受けることとなった。金井南町は大きな町内で総戸数が2千戸近くあり、  通学する小学校も2つ程ある。私の子供時代には数軒しかなかったが、急激に新築され移り住む方が増えた。

近所さんとのおつきあい:他

10月 6日 町内の道路清掃

竹林通信

家紋の話

輪違 

関東に下向し大高と称し足利に定住、その時使用していたとされる家紋。 鎌倉時代、南北朝時代そして室町時代において、日本各地を駆け回っていた。 分家の丸山も同様だ。大高は高階を忘れ、丸山は大高の記憶さえ残さない。本家の高師直はさておき、 若狭守護大高も夢窓疎石の法話集「夢中問答集」の編集に関わっている。

まるに橘 

丸山は橘氏と縁もないのだが、橘紋だ。関東管領山之内上杉家が長尾氏の下剋上により 滅亡し、越後の多くの丸山は帰農したのだろう。過去の記憶を残すべく、太刀花(たちばな)=橘の家紋を採用したのだろうか。 こんな話は誰からも聞かされてもいない。分家のそのまた分家の家に 文書などない。あくまで推測である。


輪違紋は金剛界と胎蔵界を表しているという。武士に未練がましい橘紋より輪違紋のほうが私としては好ましい。大高は清和源氏とされているが 大高の養子に源義家の子をもらい受けたにせよ、義家のおばさんと大高との子供が後を継いだにせよ、源氏とは無関係ではないだろうか。大高は あくまでも高階氏で、源氏の出ではないとおもいたい。
私は身内同士、親子そして同族同士の争いに明け暮れる清和源氏が好きになれない。高師直や大高もまた 、足利尊氏と弟の直義の争いに巻き込まれる(観応の擾乱)。家の隆盛と生き残りが美徳にせよ、裏切りはいただけない。
越後の守護上杉房能が守護代長尾為景に追われ、主君と同時に果てた丸山をよしとしたい。本来の家紋に戻すのも一案だ。

お寺(金蔵寺)

10・20 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
10・14 第3回金蔵寺総代世話人会
 9・ 8 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
 8・11 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
 7・00 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
 6・00 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
 5・00 金蔵寺のお手伝い(庭掃除)
 4・ 7 総会・総代世話人会護持会
 3・00 役員会
 2・15 法要

金蔵寺護持会、総代世話人

  金蔵寺護持会はお寺の支援組織で任意で参加の形式を
  とっている。5年ほど前役員の方からお話があり引き
  受けることとなった。総代世話人は金蔵寺住職よりこ
  れまたお話があり引き受けている。檀家とお寺のつな
  ぎ役といった仕事と思う。