北穂高・東稜(とうりょう)(p1)

 涸沢カールより北穂沢に入り北穂高へ向かう。登山道は左に折れ通常はその南稜と呼ばれる尾根を行くのだが、南稜のもう一つ北側の稜線が北穂高・東稜(とうりょう) だ。北穂小屋より東にまっすぐ降りている稜線が東稜だ。北穂沢のゴルジュを南稜への取り付き点あたりでわかれ、トラバスする。30分ほど河原を行くといよいよ東稜だ。 稜線へは稜線めがけて登りやすいところを登ればよい。
東稜へは都合3度行った。最初に行ったときは、長野県の山岳警備隊に連れていかれた。東稜の稜線からいわゆるゴジラの背といわれる岩稜帯を避け、巻き道に誘われた。 初心者とみられたのだから仕方がない。ゴジラの背の終点近くで、ザイルをたらし警備隊は救助訓練を始めた。しばらくして無線が入り、前穂の東壁で遭難があったらしく 私は解放された。4、5人の警備隊は足早に涸沢カール方面に消えていった。
 2度目はゴジラの背を忠実にたどった。高度感があり、岩肌がヒンヤリしていて快適な登高が楽しめる。ゴジラの背の最後に30メートルほどのカンテがある。岩角に しっかり手をかけ、岩の隙間に確実に靴を差し込みクライムダウンする。身体が垂直になるように、思い切り岩から体を離す。東稜の面白さはゴジラの背での岩から岩への 乗り移りとこのカンテのクライムダウンだ。
 3度目は職場の同僚の〇〇と上った。〇〇は慎重な奴で巻き道を選んだ。私がカンテを降りていくと〇〇は待っている。 この後は45度ほどの岩稜の上りだ。子供がジャングルジムで遊ぶよう岩から岩へと好きなように行けば小屋に着く。 〇〇はこの後、東稜へ行ったことを皆に自慢していた。〇〇とはよく山に行った。

北鎌尾根

 独標から見て奥にそびえるのが槍ヶ岳、その横に針のように立っているのが小槍、その間にあるのが孫槍だ。槍ヶ岳には写真の登山者から延々と続く尾根を越えていく。 北鎌独標までの概略を書いておこう。
 大町から高瀬川沿いに車を走らせ七倉ダム下で車をデポ。車止めから高瀬ダム、湯俣まで車道をひたすら歩く。記憶にないのでどのくらい歩いたか時間は分らな い。半日ぐらいだろうと思う。湯俣からがいよいよ登山だ。川をへつり千天の出合で千丈沢から別れ天上沢に入る。天上沢を少しのぼっところでビバーク。 翌日、北鎌出合から北鎌沢に入る。すこし遡行すると右俣と左俣に分かれる。左俣を行くと独標直下に至れるが北鎌沢右俣のルートを選択した。それでも結構急登。 結構な時間を費やして北鎌尾根に上り上げる。尾根に上ると視界は開けそう快な気分でハイマツにつかまりながら北鎌独標を目指す。独標は直登せずに巻き道を選択。 このあたりは踏み跡も明瞭でところどころフィクスロープが張られ安全に登降できる。そして私は独標に立った。
 ところが右足の膝の裏が痛い。普段の運動不足がたたりどうやら足の神経が傷んだと思われる。こういった休暇以外私は12時ごろまで残業だ。家では寝るだけで、 生活の大半は職場といった生活が続いていた。仕方がないので右足をかばいながら尾根道を行く。
 北鎌独標と大槍の中ほどにテントを張れそうな場所があり、そこでまたビバーク。真夏であったのだけれど持ってきたセータを着、厚手の靴下をはきシュラフカバー に潜った。明け方はさすがに寒く、慌てて湯を沸かしコーヒーを飲んだ。
 つぎの日も単調な尾根歩きだ。右に左に見当をつけルートをとる。一応ここは北鎌尾根なのだ、一般登山道と違いルートは自分で探し適当に岩を登降しなければ いけない。P3あたりなのだろう、どうルートをとったら良いかわからなくなった。さんざん迷ったが3級レベルの岩壁を30メートルほど登攀した。 ほどなくして北鎌平と思しき地点にたどり着いた。大槍が大きく目の前にあった。大槍の上りはそれほど難易度は高くない。そして槍を越え、山小屋に着いた。
 槍沢から河童橋までびっこで歩いた。そして帰宅して、職場でも1週間ぐらいびっこで過ごした。

霞沢岳八右衛門沢

 正面の山が霞沢岳、左から3分の1ぐらいのとこにある沢が八右衛門沢。上高地帝国ホテルの裏山みたいな場所で、梓川を行き交う観光客やハイカー はもちろん登山者さえいない、静寂だけに支配された山が霞沢岳八右衛門沢だ。私はここから山に入った。 沢は初めのうちはなだらかだが徐々に傾斜が強くなる。大岩がごろごろ谷筋いっぱいに広がる。歩きやすく登りやすいルートを適当に右や左に変え岩と 岩の間をすり抜けていく。30分ぐらい登っただろうか沢の水が尽きる地点で念のためペットボトルに水を詰めた。左右の岸壁からはいつ落石があって もおかしくはないそんな危険地帯に私はいた。岸壁は数十メーターあろうかと思われ垂直にきりつしている。 ちょい下の上高地帝国ホテル前の道路は観光客やハイカーでごった返しているだろうに、静寂に包まれているこの谷筋とのあまりにもある落差に驚く。
 今は6月中旬、梅雨の隙間をついての登行だ。〇〇の上高地観光バスに同乗し、一人別れ八右衛門沢に入った。別行動なので事故でも起こしたら困る、 ヘルメットをきちんとかぶりザックの腰ベルトを固定する。雨でも降ればこの沢は一夜にしてその様相を変える。目の前の大岩でさえ下流に流されるか 埋もれる運命にあるのかもしれない。霞沢岳八右衛門沢とは自然が手つかずに残る穂高でも貴重な山域なのだ。この沢にいるのは私一人、たぶんその前 の日もその前々日もだ。 大きな岩が前を遮り悪戦苦闘しても登れず、沢から這い上がり岸壁をたかまくこと数回。左に三本槍が見える。そして沢の中央にピナクルが見える。 このあたりになると沢の様相が変わる。大岩を越えていくのでなく、浮石に気を配り落石を起こさないよう登る。そしてハイマツの中を泳ぐようにして 稜線に出る。そして頂上。そして下山した。
 また八右衛門沢にはいったとしても以前とは違う八右衛門沢にたぶん興奮すると思う。

幌尻岳

 北海道日高山脈の主峰が幌尻岳である。麓の山小屋(無人)から頂上へはちょと急登だが、2時間から3時間で登れたと記憶している。一般ルート なので登山道は明瞭で数組の登山者が小屋を出立した後、最後尾に附いた。最初は林の中のつづら折りの道で視界はない。北海道は森林限界が低い ので尾根筋にでると視界が開け気分よく散策できる。登山というより散歩気分で歩ける。
 日高に入る前に買っておいた夕張メロンを食べる。ちょと小ぶりな奴で心配だったけれど、すこぶる旨い。メロンがこんなに美味しいとは知らな かった。頂上でメロンだけの昼食を済ませ隣の戸蔦別岳へ行き、六ノ沢を下降し出立した山小屋に戻る。
登山経路は下記の通り
北海道電力取水施設→幌尻山荘→命ノ水→新冠コース分岐→幌尻岳→肩→戸蔦別岳→幌尻山荘分岐→六ノ沢→幌尻山荘→北海道電力取水施設
北海道の山行の中で一番思い出に残る登山であった。幌尻山荘から頂上はへは普通の山行なのだが麓の街から幌尻岳の往復全体を山行として考えると とにかくよかった。
 毎日車中泊かテントどまりだったので、麓の街(平取町)では旅館に宿泊した。小さな町で古びた旅館一軒ぐらいしかなかった。年老いた夫婦が切り 盛りしていた。2食付きで確か5千円で結構なごちそうで久しぶりの布団がうれしかった。朝食を食べ朝8時ごろ宿を立った。 麓の街から2時間から3時間、はじめは舗装された道路を行くが、途中から未舗装の川沿いの悪路を行った。山岳道路の様相を呈して谷沿いに道は続く のだが片側はすっぽり切れ、深い谷底に水色の川がゆったりと流れている。深い山の緑とあくまで青い空の下、土ぼこり上げ車を走らせた。 2時間から3時間と書いたが、4時間ぐらい車を走らせたかもしれない。北海道電力取水施設で道は行き止まりになった。車を道のわきに止め、遅い昼食 を取った。コースガイドによると、あとは2時間ほどで幌尻山荘(管理人のいない無人小屋)なので大休止、たぶん2時間ぐらい。
 出立の準備を終え、ザックを背負った。ここまでの悪路はいかにも北海道らしくて、しかも日高山脈のど真ん中にいる自分に満足していた。 この先がまた楽しかった。幅が10メートルほどで川の水量がひざ下ぐらいまでの川を渡渉していく。夏なので、ズボンをまくり上げ運動靴のまま川に入 る。熊に遭遇しないため時々笛を吹く。日高の山々から今しがた湧いてきた川の冷たさを味わいながら右に左に川を上る。川は静かに流れているので高度差 はないのであろう。普通登山といっても、登山道があり、登山者や観光客に出会うものだが、ここではそういった類とは無縁だ。まず道がない、川が登山道。 朝から、人に出会っていない。山登りはこうでなきゃと思う。川幅が少し狭くなったと思ったらそこが今夜泊まる幌尻山荘に着いた。 ラーメンだかレトルトの食べものだか記憶にないが、それを食べシュラフカバーに入り、私はその日を振り返り寝入った。 翌日山に登り、再び川を下り車に戻った。そのあと富良野のテント場へ行ったのだが、どこで一泊したのか記憶にない。富良野まで、走ったのかもしれない。


 7月に入り北海道の山に入った。以下登った山を順に列挙する。途中観光もしたがほとんど山中心の北海道であった。 青森か青函連絡船に乗り苫小牧について山行開始。
大雪(旭岳、黒岳(泊まり)トムラウシ(泊まり)そし下山)
十勝岳は噴煙が見えたので、やめ
利尻岳
羅臼岳
斜里岳
雌阿寒を登り続いて雄阿寒に行ったが途中でばってて雄阿寒敗退
幌尻岳
羊蹄山
室蘭から晴海ふ頭(羊蹄山であった乞食学生と同行、彼たぶん〇〇さん(衆議院議員、しかも派閥のボス)の息子と思われる。世田谷の家の近くでおろす。)

(p2)尾瀬

 私が山に入るきっかけとなったのは尾瀬の景色に魅了されたためだ。上の写真にある木道を職場の仲間と散策し、木道脇の池糖をのぞき込む。水生植物なのであろうか 水面にひょっこりと顔をのぞかす小指の先ほどの、白い小さな花びらに胸を躍らされた。羊草だ。池糖脇の地面をそっと押してみる。すると1メートル四方の地面がゆっくり 池の中に押し出される。ああ、これが浮島なんだと感動する。池糖を見渡すとその中にいくつかの離れ島が漂う。風が吹くと風下に流れしばらくすると停止する不思議。 ニッコウキスゲの群落を行き、季節外れの水芭蕉の巨大な姿に唖然とする。
 上の写真は牛首といわれるあたりだろう。ここから見る至仏山はたおやかでなんとも女性らしい優雅さがあり、気品に満ちている。尾瀬ヶ原の西に至仏山、東に燧ケ岳が 鎮座する。至仏山と対照的にこちらは男性的な山容だ。
 私は季節でいうと真冬以外何度か訪れた。至仏と燧ケ岳、両者に登った。秋の尾瀬ヶ原の草紅葉、これを至仏山の頂上から見るのが好きだ。 いずれにしても私の山行の原点は尾瀬である。
*注 〇〇は伏字